打ち切り

 

 

まーた憤怒氏が怒っている。現実的な真意は既に示されているやん、煩わすなと。いつか、「あの頃」にする、なるのだろうけど、そんなことは無関係ないやろがい、いちいち考えるなと。うむ、悲しくなる筋合でもない。悲しくなっているのも筋違いの解釈かもしれないし。まぁ、もっと距離感としては離れるべきよね。

 

さておき。

 

たくさん精神のご飯を買ったものだから、帰りによったスーパーで何も食べたくなかった。物理的には空腹だったから何かは食べねば。こっちで食べないとあっちでも食べられなくなる。ということで、たまたま半額だったトンカツ用の肉を買って、トンテキにして食べている。重たいが美味しい。付け合わせはブロッコリー

 

髪を切りに行った。オタク的な会話が弾む。某巨人のアニメも進んでいるだとか。あの話どう収まるんだろう。漫画では伏線が回収されていて面白いとのこと。巨人が兵器で継承されるものというところまでは読んだ。そういえば、からくりサーカスのアニメは後半もなかなか端折るな。修行パート一切カットで、一応アニメだけ見た人にも辻褄が合うようにはなっているけど、記憶と人格を承継しただけで承継元ができたことができるようになるとするとライトノベルじゃないな、なろう系ちっくになる。

 

それとは別にこの原作者さん、おそらくベルグソンさんの「笑い」読んでいる気がする。いや僕が知らないだけで、喜劇における滑稽とはというのはどのテキストにも書かれているのかもしれない。機械的なこわばりというか、本当は日常とは変わっているのに惰性で動いてしまうという現象が滑稽だとか。

 

大きな本屋さん。演劇の棚では学問より実践(シナリオの作り方等)だったから、美学理論の棚に移動した。ガチの判断力批判の解説書も気になったけど趣味本に5500円はさすがに無理。既に法律学の本で5冊2万円いっていたし。というところで、とっかりが付きそうな「脳と芸術」にした。

 

芸術の時代をまたいでも感動が起こる機能を、脳が芸術をどう捉えているかと接続させて考察する本。第一章が日本の古典の文体で、「けり」と「き」の違いで、滅茶苦茶面白い。どちらも過去を示す助動詞だけど「けり」には物語との隔たりというニュアンスがあると。冒頭文が「けり」で始まる古典物語は多い。竹取物語が有名か。「今は昔、竹取の翁というものありけり。」 「き」は単に過去を示すもので、この文体になったとき、作者が物語に没頭しているとか。人が記憶を想起することに倣っているなと感じる。ある意味普通の語用だとは思うけど、この物語る自己と物語そのものという分け方は面白い。ここからどう展開するか楽しみ。

 

こう考えると、文体自体が1つの物語というか存在というか対象だ。僕はもうちょっとちゃんとしたところで書くときは、「けど」ではなく「が」を使っている。ここでも時々「が」を使う時もあるが。

 

いわゆる、要は文体によって人格が対象化されるということ。僕がこの文体で書くのはここでしかできないという感覚は、変則的恋文だという自己評価でもなさそう。

 

文体に関わらず当人であるということが読めるようになればほんとのというか素朴な人格に届いているのかもしれない。

 

 

ともあれ。

 

いっぱい読んだしいっぱい想ったから何かこんがらがっている。

 

高校時代の生物って暗記だから全然好きではなかったのだけど、植物生理学は面白い。植物って光合成をするけど、地球に降り注ぐ太陽光のうち0.3%しか使ってないって、どれだけ省エネで奉仕的やねんって。

 

なんで自分はこんなに知らないのだろうという悲しさ、いや違うか。

 

なんだか本日は無性に悲しいぞよ。何か世界の仕組みに気付いてしまった感。結局春さんの亜流なのか。存在=文体であれば文字化されていない僕なぞなんの価値もない。いや、もともとそうだったか。うん。なんでその先があると思ったのか。

 

もともとちゃんとずれていたやないか、と何処からかツッコミが入る。

 

 

悲観的解と楽観的解釈があるとき、悲観的な方が正しい。

 

おーけー、僕が感じていたことは、おそらく正しいのかもしれないけど、いまの世界の話ではなかったということで良い。関係は相互であるものであり、一方的だったら無関係でしかない。

 

僕がずっと感じていた、大丈夫かというのは、やはりここだったか。

 

勝手に想うのであれば、それを認識できる場で書くのがおかしい。維持する意味がないのも当然。ほんとすまんやで。

 

「今や昔、やんごとなき人ありけり」みたいな世界観にずっと付き合ってもらっているというご迷惑千番だったわ。むしろ僕が率先的にあの頃にすべきだったという。

 

きっともっとつぶやきとか日記でも自由に書けただろうに、僕が現在で居ることで邪魔をしてたのかもしれない。これはなんとなくずっと感じていた。

 

好きと現在であることが無関係なら最初からお暇すべき案件。バカス。関わろうとするだけで憤怒氏があきれているのはこういうことだったか。

 

では、幸せでありますように。自由でありますように。健やかでありますように。忘れますように。

 

 

おやすみなさい。