まったり満月さんと「VIVIANT」を見ている。ドラママニアの満月さん曰くなかなかの力作とのこと。僕はそこまでドラマを見てきている訳でもないが、たしかに力(お金)をかけていると思う。映像と構成が映画的な感じ。序盤何話かで映画で言うところの冒頭30分くらいの展望を拡げるところをやっているような、風呂敷の拡げ方。

 

主人公の裏人格みたいなのが、ゲームのゼノギアス「イド」ぽくて気になる。全ての記憶情報をあっちが握っているみたいな。

 

 

知らんけど。

 

 

さておき。

 

昨日程は書けないとは思うが、どこまで書けるかお試し。

 

 

レンタカーを借りる。徒歩5分で行けるところで、準備をしている満月さんを置いて、1人でこの部屋まで運転した。2回目なので運転は特に問題なく、駐車も大丈夫だった。合流していきなり道を間違えて出発から動揺したもんで、そこから割ともぐだぐだ。

 

交通量多いわ、車線変更がアグレッシブな人が居るわ、なんなら車線が無くなっている道もあるわ。田舎の交通量がほとんどない道で短時間しか運転したことない身としては仕事より神経使う。

 

着いた後もスマホが無くなって、満月さんをぷりぷりさせる事態に陥った。誕生日なのに申し訳ねぇ。映画も明日に見送りになった。まぁなんというか、怒れるのは良いことだとは思う。気を赦しているということでもあるだろうし。僕ももう少し怒れるようになった方が良いのかな。バランスを取るというか、僕が人間的であるために?

 

僕が怒るとすれば、かなり合理的な起こり方をするだろうから、機嫌が去ればそれが無くなるみたいなところではないような気がする。相手の未来をやや縛ることになりうる。過去の根がどうかではなく、未來の芽がどうかになる。

 

スマホは助手席の下に落ちていた。

どういう経緯で落ちたのかは知らない。

 

帰り道はバイパスを通ったのだが、すいすい帰れた。帰ったあとに誕生日ケーキを買うとなったのだが、どこも休業日。満月さん、やはり持っている人。ケーキも明日に見送り。

 

そうして帰って来て、チャリに切り替えて近所のイオンに行って晩餐を買いにいった。自転車の方が神経は使わない。神経の遣いようの大小って、それがどれだけ自分以外に波及するかだと思われる。

 

歩行だとほとんど影響ないから自分の体だけ。自転車だとやや可動域は拡がるが速度はそこまで出ない。自転車事故も大変な問題になっているみたいだが、歩行と同じように自転車を扱うことに馴れるとそんなことも起こりそう。僕は自転車でもずれが顕著だから直線以外はなるべくゆっくり動いている。車はもっとずれがひどくて、慣れれば自分の体の動きみたいなことになるのだろうが、僕はどれだけ慣れてもそういう風にはできない。上手く操縦できるようになってもあくまで可能的凶器を動かしているという意識は拭えない。

 

こんな感じだからあまりがつがつ交通の流れに乗れないという説は然り。

ついでに絶叫マシンが苦手なのもこの辺りにある。いや、こんなんだから逆にスカイダイビングをしてみるのも良いかもしれない。絶対怖いに違いないのだが、設備に依存するよりは整備に依存した方が気楽なような。

 

実際するようなことがあれば視界と気分を描写する。

落ちるよりはスキューバダイビングで潜る方がハードル低そうではあるが、潜る世界の方の事故の方が個人的に知っている。裁判沙汰だが、ガイドがテンパってしまって事故が起こったときのガイドの刑事責任の事件で過失責任が問われた。スカイダイビングではそういうのは読んだことがない。これはおそらくグループでするのではなく、ガイドとお客が1対1だから注意が集中できるからではなかろうか。

 

カツカツで擦り減るような精神の遣い方も慣れればなんとかなる。

馴れないのはいちいち世界に合わさないといけないことだが、少なくとも車の運転はそんな世界ではない。操縦と注意ポイントが分かるようになれば徒歩で5キロ歩くより完全に楽なはず。

 

 

ともあれ。

 

楽かどうかで生きてはいないから、言葉に関しても特に楽に伝わることを求めていない。

言葉はいくら書いたところで自在に操縦できるものでもない、というのが良い感じ。むしろ書けば書くほど自分とは一致できなくなってくるような。

 

 

誰かが言葉から読み取った意味が僕で良い。

 

 

ここまで。

 

歯ごたえなくてすみまそん。

 

おやすみなさい。

 

良い夢を。