明日のこと

 

 

 

20:49から。

 

休日を楽しんでいる。

 

明日のことが気になってくるのが、オトナになるということ。なり過ぎると自分の退場後まで気になってくる。

 

もちろん僕もオトナなのだが、早めに飲んで早めに終えて寝れば明日は大丈夫だろうという人でなしという感じ。18時過ぎに焼き鳥屋さんに行って、20時過ぎで終わるまでに生大、生中、生大、ホワイトホースハイボールを飲んで来た。12時間空けてアルコールが抜けないくらいの量を日本人では飲めないという説。アルコールは抜けても二日酔いで胃腸がダウンするということはありうる。睡眠を挟むと消化能力が落ちるというのは聞いたことがあるような。

 

あんまり合理的な意味での賢い人物とは見られたくない。

色々と思索しているのは僕の人生が合理的に良くなるためではないし、色々書いているのは誰かの人生が良くなるようにという意味合いは全くない。楽しさって基本的に不合理の中にあるし。読んでいる人の頭の中がスクランブルされる方が楽しい。

 

そんなこんな、本日は1日通してまぁまぁ不合理だった。

 

しろと言われるとしない人物。

満月さんに勉強しろよとやんわり言われたことが引っかかったのか、ブレスオブザワイルドが面白かったのか、ほとんどゲームをして過ごした。

 

しろと言われてしないのは、別に僕の人生の責任だから問題ない。勉強をほとんどしなかったと言ったら、落ちるぞと言われた。言葉遣いとしては普通だし当たり前だが、僕遣いとしてはなかなか拙い。そんな可能性の話は既に分かっていている訳で、あえて言語化されると、なんだか沈んだ方が良いのかという気分になる。

 

もちろん、別に沈まないのが今の自己。

放置していれば勝手に良いようにやるから、何も言わなくて良い。

 

凄くどうでも良い話だが、何かをしなさいっていう語用って、ずっと変だと思っている。相手のことを心配する言葉である、「気を付けて」とかも、儀礼だから言うし、それで自分のことを想われていると思う人が居るというのは知っているのだが、これってどうなのだろうな。

 

相手が気付いていないという前提で使われているとすれば、相手の為と言うより、発話者の人生が恙ないように使われているような気がする。かなりひねくれた解釈だと自覚はあるのだが、要は、発話者の人生劇場を激動させない安心の為に、登場人物である相手に刻印している言葉。

 

頑張っている人に頑張れと言うのはタブーであるというのと近いような。

 

刻印的な言葉を受け続けると、身動きができなくなる。というか、したくなくなる。

という、自覚がある人はまぁまぁ僕と近い。今のお仕事の店長は、日報では結構刻印的だが、日常では全然そんなことがなくて、素直に従いつつ、自発的に動いたら良いなとなれている。

 

刻印的な言葉一番利くのは、他人からではなく自分から。

落ち込んでくると内部の言葉が増えてくる経験がある人は幾ばくか。

 

 

 

やれやれ。

 

ゲームのお話。

 

ブレスオブザワイルドは、始まりの大地を脱出して、初イーガ団で、ジャストカウンターの練習をしていた。実況動画を見ている頃はそこまで操作できないだろうなと思っていたのだが、案外なんとかなる、ゲームオーバーになっても直前からリプレイできるし。ひたすらケモノ肉の為に狩りをする1時間くらいはなかなか面倒だと思ったが、ドラクエ5でキラーマシンを仲間にするよりは楽かもしれない。操作次第で1発でケモノ肉になるのと、倒しても確率でしかないのと。

 

と、考えると、レトロなゲームって確率次第が多かったのかな。

それにハマった世代がガチャで課金しているというのも分かりみ。

 

僕はガチャで課金するなら漫画アプリで課金して無料を越えて読み返す感じ。どちらも別に現実とは無関係だが、甲斐があるのは後者かなと。別にどちらを選んでも問題ない。

 

 

そもそも現実とかバーチャルとかの括りって、かなりあいまい。

曖昧だから現実ではないとは言わないし、曖昧なところに現実感を見出す(例えばディズニーやらジャニーズやら)のも別に構わない。

 

ゲームと対義としての現実も本当はフィクションだと思っている。フィクションを皆が信じれば物理的な現実になるという意味合いではなかなかゲーム性を孕んでいるのだが、ゲームであるということに気付かれると設定している人が困るから、基本的にはそんなことにならない。

 

あ、別に陰謀論とかの話でもない。単なる現実だとされている観念群の話。

だからどうでも良いとなるような無敵の人にもならない。だって、他人だってそれぞれの当人劇場の主人公だし、同じ人。

 

 

本日はあんまり文章脳ではないから、読みにくいかもなと思ったが、そもそも僕の文章は読みにくいというふれこみがあったのだった。

 

今日も読みにくい文章を読んでもらってありがたいことですわ。

 

 

はい、おやすみなさい。

 

良い夢を。