姿かたち

 

 

ハロー現在の自分。明日は休みだが文章を書いているということは素面である。刺身が食べたくてご飯は少しサボった。全然お酒を飲みたいとは思わない不思議。

 

昨日書いていて思ったが、もう文章を書くことへのハードルはそんなに高くないのかもしれない。パブロフの犬の何百本の日記も、挙動が現実化されなくても良いという穴倉をこじ開けることには寄与した模様。音楽を聴きながら1時間弱で2000文字の日記を書けるようになっていたのか。原稿用紙5枚分って読書感想文の量だ。見分けは、どうなのだろう。酔ってくると終盤がぐだぐだになるから、そこで分かる、どうだろう。

 

メタ的前置きはさておき。

 

悪夢を見たからパジャマを買った。次は枕。悪夢はなんとなく寝つきが悪くうつらうつらしていると、人型の影に襲われるという下り。半覚醒で来るなって言っていると、首筋を噛まれるか刺されるかされ、とても痛い。血も流れていて口の中にも充満し、「こふっ」と影に返り血を浴びせ、あぁ、また終わりかというところでまた目が覚める真夜中。寝ることとそれは個人的に凄く近いところにあると捉えているから、終わりは別に鬱とか低空飛行のサインではない。次に意識が覚醒すれば睡眠だが、意識が途切れて覚醒しなければそれである。

 

影についても、別に幽霊とかではなく、自分にあるどろどろしたものなのだろうと思うと、台詞は「来るな」ではなく「来ても良いよ」だったかもしれない。世界という得体のしれないものに対する怖さも自分のもの。もう先延ばしにはできない。昨日の日記を書き終えたあとの空いた時間は、やはり文章を読む時間に充当される。日記を読んだり青空文庫を読んだりした。流行りについての何かに対するコメント的な文章よりその人がその人で書いている言葉が好みらしい。

 

青空文庫はなんとなく梶井基次郎ラッシュだった。「Kの昇天」は読み返してないが、タイトルを読んで中身を想い出したからもしかしたら悪夢に少しは寄与しているのかもしれない。「檸檬」を読み返していると、高校の国語の先生が美しい文体だと評したのがやっと少し分かった気がした。言葉がかっちりしている。どうでも良いが、高校時代に既に慈姑を読んでいたのか、とか、今更ながらここに出てくる「丸善」って、三条にあるあれだったのかとか。

 

言葉がかっちりしているという味わいについて少し分析すると、この人は世界において物体に心を傾けているという感じ。だから物体の描写とか、重さが生生しいというか。もう少し背景を想うと、病弱だった自分の肉体との対比あるいは、悪夢におけるそれとの対比みたいなことなのかもしれない。ついでに「愛撫」も読んだが、官能的な話ではなく、猫の耳とか手だもんな。

 

 

そうして、やっとこさ現実の1日。悪夢の原因は肌ざわりにあるのではないかと非論理的な思考が起こり、昼休みにしまむらユニクロを梯子する。小学生時に着ていたシャツみたいなパジャマをイメージしていたがそういった種類のものは見当たらず、結局ユニクロのルームウェアにした。上がクリーム色で下がカーキ。なんとなく寝やすそうな気がしないでもない。そういえば、そろそろ田んぼの蓮華草の絨毯が完全体くらいになっている。細かく見れば緑の面積もそこそこあるのだが、心象風景にしてしまえばぼやけてピンク一色になる。

 

人間模様とかは特にない。というか、素面で過ごすことで内部が鮮明になって、一部とか一瞬しか接することがない人間は逆にぼやけるような。悪い意味ではなく、そこまで心を波打たたせる対象ではないというか。雑談は全然できないが、できないことでおとなしくてよく分からん奴だと思われても、まぁ使えるから良いかと思われていれば問題ない。

 

また本の話。

 

メディアの話はパソコンが登場し、パソコンで書かれる文字メディアはクールなものであるということだった。クールというのはユーザー参与度が高い、すなわち想像とか解釈の余地が多いということ。ホットなメディアである電話は相手の表情は読めなくても声色やトーンで相手がどういう気持ちで話しているのかということについて受け手に解釈の余地があまりない。そしてクールなメディアが盛り上がるのはその情報量の不足について書き手も受け手も欲求不満になるからというフレーズがあったが、僕にはよく分からない、いや読み手としては分かる。ただ、それ以上がないならないでそれでも良いかなとも思う。在るものだけ読めれば十分。そうして書き手としてはクールでなければ書くことはできなかったし、全くもって不満はない。

 

そろそろ時間もあれなので、最後。梶井基次郎さんの文体が物体への憧憬みたいなものにあるとすると、自分の文体はなんだろう。無常観というか循環みたいなものはありそうだが、ただ取り留めないだけなのかもしれない。あまり気にしたことなかったからちょっと意識してみようと思う。では今日もこの辺で。

 

おやすみなさい。