既定論

 

 

良く寝た。

 

夢はさらにカオスを呈す。文学フリマでよくあるような形の小説を書いていて20冊くらい作っていた。何故かそれが無料配布になっているような感じ。シーンも状況説明もないから補填できないのだが、何かゼミの教室の片付けのような。そんなゼミ教室で過ごしたことはない。1人だけ感想を述べてくれた人が居た。日記文学らしい。同じような日が続いていると思わせてどんでん返しが面白かった、みたいな。

 

別にまとまった作品でなくても、言語化自体が表現物だからなんでも良いような気もする。

なるほど、そういう遊びに動けということなのか。別に夢の啓示で動いたことないし、参考にしてするかどうかは別の話。想像するに原稿データを送れば製本してくれる業者さんが存在している気がする。なんとなくの推察。買う人居るのかという感じだが、それはそれで面白い。

 

 

なんの話や。

 

 

お仕事。

 

お昼ご飯の松屋は週2になると飽きる。というか胃がもたれる。美味しいのは確かだがなんというか、無目的に食べさせるために創られたご飯はすぐお腹いっぱいになってしまう。本日満月さんが作ってくれたチキン南蛮とホタルイカとセロリの生姜醤油和えとネギにシーチキンを乗せて熱した胡麻油をかけたサラダは全然もたれる気配がない。だからこの時間でも書けているという。

 

てけとーに食べるくらいなら食べない方が良いのかも。

食を愉しみにしている人には絶対言ってはいけない言葉だが。

 

帰り際に残業勧告されて満月さんに会いに行く時間が減るというのにというのに、と思いつつ、まぁ小銭を稼いで時間に遅れても満月さんは何も思わないだろうなというところで、1人で過ごしているところとあまり変わらない。

 

なんとなく雑談で成人論が巻き起こった。成人が18歳になったところで特にメリットないよなって。大人と認定されたところで何かできる訳でもないし、成人式で乾杯できないのもなんともと言ったのは僕。

 

そこから飲酒論になった。古参の先輩はなんだか嫌なことがあった時にアルコールで紛らわすと言う。古風だ。僕はこの観念はもうなくしたから、なんとも言えない。日本酒を飲むと言ったら同期が反応していた。硯さん日本酒も飲むのかーって。上司の上司は硯が日本酒飲んでバグったと仰る。まぁ、何かの代替としてアルコールで紛らわすのであれば、仕事と代わらないかもしれない。

 

僕は好きだから飲んでいるだけで、本性が出るとか出ないとかでもない。しんどいことを紛らわすために飲んでいたときはそりゃあまぁ酷かった。泥酔だと下は役立たないから、ワンナイト交合みたいなことはない。というところでは古風ではある。なかなか破滅的もあったけども。

 

休憩中に満月さんが送ってくれた英語が第一言語の人が書いた日本語の記事で、日本人は言葉で悲惨になっているという主張。自決と自殺の違いが例示。他の言語を知らないから相対的な視点ではないのだが、日本語って、特に文法もないし、雰囲気で読めてしまえるところがある。で、言葉って蓄積された概念でもあって、自分が言っているようで、体験的に聞いた、読んだ言葉のニュアンスで語ることができるから、言葉のもともとの意味を分解しなくてもなんとなく言い回しを流用するだけで自分の言葉とできている感じが生まれてしまって、自己の存在が曖昧になってしまう。ここに疑義を持てる人はマイノリティと呼ばれてしまうのかもしれないが、ここに疑問を持てない人とは関係できない気もする。

 

ここまで。

 

ここまで起きているのはどれくらい振りやら。

 

おやすみなさい。

 

良い夢を。